大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2011号 判決

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 森田聰

被控訴人 乙山雪子

右訴訟代理人弁護士 加藤康夫

右訴訟復代理人弁護士 廣瀬隆司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対して金三〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月三一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、以下のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

太郎が昭和三〇年七月頃家出をするに至った主たる原因は、控訴人が二回にわたる妊娠中絶の結果健康を害して生活が苦しくなったことと、太郎に女ができたためである。その後、控訴人は、太郎に対し帰ってくれるよう要請し、太郎も思いなおしたためか、昭和三一年に入ってから子供や控訴人に手土産をもって顔をみせるようになり、時には子供を風呂に連れて行ってくれたり、食事を作ってくれたりして、泊って行くこともあった。ところが、昭和三三年二月、太郎は、突然控訴人に対し「子供を連れて里に帰れ」といい残して立ち去り、以後全然姿をみせなくなった。以上のように控訴人と太郎との間には別居後も婚姻回復の努力が続けられ、夫婦関係復元の見込みも十分あったものである。

(被控訴人の主張)

控訴人主張の右事実は否認する。

被控訴人は、控訴人と太郎との結婚生活が完全に破綻し太郎に結婚を継続する意思のないことを確認したからこそ同人と肉体関係を結ぶようになったのであり、太郎の身を案ずる親兄弟の意向を受け、披露までしてもらって同居するに至ったのである。

(証拠関係)《省略》

理由

甲野太郎は、終戦後新宿で古着屋の手伝をしていた当時、近くの菓子屋に勤めていた控訴人と知り合い、昭和二四年頃から肉体関係に入り、昭和二六年一一月一日婚姻し、○○○・○○区○○などで所帯をもち、両名の間に、長女月子(昭和二七年九月三〇日生)及び二女星子(昭和三〇年七月一〇日生)が出生したことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次のように認定することができる。すなわち、

控訴人は、生来身体が丈夫でないうえ、再三にわたって姙娠中絶をしたことから健康を害して寝込むことが多く、家事の少からぬ部分は、太郎が担当しなければならない実状であり、また、所帯をもってからは太郎が駐留軍に勤め、相当の収入を得るようになったが、その大部分は控訴人の医療費に消え、生活は極度に苦しく、夫婦生活は、とかく円満を欠き、そのうえ、控訴人は気が強く、興奮しやすい性格で、あまつさえ、自分が大正六年生れで太郎が昭和二年生れという一〇年の年齢差もあって、太郎の行状に過度の関心を抱いて同人に特定の女性関係があるものと邪推し、病苦・生活苦もからんで、太郎との間にしばしば激しいいさかいを起こし、果ては、ヒステリー状態に陥ることもまれではなかった。

右のような状態は、その後もかわらず、太郎は、控訴人との婚姻生活に心身ともに行きづまり、遂に、昭和三〇年七月頃婚姻継続の望みを失って家出し、その頃から勤め始めていた実兄経営の飲食店で起居するようになったこと。その後も、太郎は、控訴人より人を介しての帰宅の要請には厳として応せず、妻子への生活費を渡したり、また、昭和三〇年暮頃には、控訴人より電話で「父親がいないといって子供がいぢめられて可愛想だから、どこかへ連れて行ってもらいたい。」と頼まれて子供を後楽園へ連れて行き、その帰途控訴人の許に立ち寄ったことはあったが、それ以外、控訴人とはほとんど没交渉の状態が続いているうち、後記のように、被控訴人と同棲生活に入り、今日に及んでいること。その間太郎は、再三にわたり親族知人を通して控訴人に離婚を申し入れ、控訴人の応諾を得られなかったとはいえ、昭和四七年八月一日には控訴人から申し立てた婚姻費用分担の調停で控訴人との別居が認められ、さらに、昭和五二年三月三一日には横浜地方裁判所川崎支部で控訴人と太郎とを離婚する旨の判決が言い渡された(ただし、同判決は、控訴人の不服申立てにより、目下控訴審に係争中である。)こと。

一方、被控訴人は、昭和三二年秋同じ店に勤めていたことから太郎と知り合い、同人が控訴人とは長年別居していて、いずれは別れる積りでいると聞かされ、同人に同情してその情にほだされ、昭和三三年暮頃からこれと肉体関係を結び、翌年五、六月頃太郎の生家で披露宴まで開いてもらって同棲するようになったこと。以上の事実を認定することができ(る。)《証拠判断省略》

しかして、右認定事実によると、控訴人と太郎との間の夫婦仲は、太郎の家出当時既に冷却してしまっており、太郎の仕送りは続けられてはいたものの、夫婦同居の実は失なわれたままで遂に回復されることなく、太郎が被控訴人と肉体関係を結ぶに至った当時、太郎は事実上離婚の状態にあったものというべきである。したがって、被控訴人が太郎に控訴人という妻のあることを知りながらこれと肉体関係を結び、同棲生活を続けていることは、不倫の謗りを免れないとはいえ、夫婦共同生活が正常に営まれていたような場合とは著しく事情を異にし、そのことをもって、控訴人に対し不法行為を構成するほどの違法な行為であると断ずることは許されないと解するのが相当である。

以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は失当として排斥するほかなく、これと同趣旨に出た原判決は相当であって、本件控訴は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 柳沢千昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例